天動説とヨガ
2015.01.12 Monday 07:05
「地球を中心に宇宙は回っている」
という天動説。
長年、これは信じられてきた。
とてもわかりやすいからではないだろうか。

思えば、私の自我も天動説だ。
世界は「私」を中心に回っている。
この世界の主人公は「私」だ。
これは「私」にとっては正しいけれど、
世界からみれば、妄想にすぎない。

どこかの国では
「世界を終わらせてやる!」という
自殺フレーズがあるそうだ。
たしかに「私」が中心の天動説的世界は
それで終わるけれど、
世界は終わらない。

じゃあ、「私」が動くから世界が
動いて見えるのか?
地動説なのか?
これはヨガのベースになっている
サンキャ哲学の世界観には叶う考え方だ。

世界の原料で、心も物質も形作っている
プラクリティは、意識であるプルシャに観照され
なくなると、踊るのをやめる。
しかし、他のプルシャの世界が停止することは
ない。

いや、わけがわからなくなってきた。
これって「世界を終わらせてやる!」の自殺と
一見かわらないように見える。
でも、違いがある。
自殺する動機をもった人は世界を終わらせることは
できない。
できるのは肉体を終わらせることだけだ。
その心は新たな肉体を手に入れて、再構築されて、
ふたたび終わらせたはずの世界に戻ってくる。
心が輪廻転生を引き起こす。

延々と、延々と、生きたことが次の生の
原因になって、さらに生まれ変わったことが
次の生の原因になり、まさに無限に
生死を繰り返すことになる。
ブッダが言った
「あなたがいままでの生で流した涙は、
この海の水よりも多い」
という言葉は、無限の生死の輪の中に
いることを考えれば真実だ。
この無限のループから抜け出す道が、
仏教だったりヨガだったりする。

かといって、ヨガは<生きることを嫌悪する道>でもなく、
<生きることに執着する道>でもない。

嫌悪すると嫌悪する心の傾向が原動力となって、
さらなる生を作り出す。
生への執着も同じ結果だ。

ヨガは<欲望>と<嫌悪>を手放す道だ。
足どり軽やかに生きる道だ。

欲望と嫌悪が根絶されて<意識>が<世界>から
独立すると(独在)、もはや生まれ変わることはない。
生まれ変わるべき魂も持たなければ、
自我もない。
原因のないところに結果はない。

私が止まれば私が見ている世界はとまる。

うーん、地動説だ。
ヨーガスートラの一番重要な句。
<ヨーガとは心を止滅することである>
という言葉は、簡潔にして深い。
(心を死滅する、ではない。
心を殺そうとすると、心を殺そうとする心が残る)

ヨガの実践というと、体を伸ばしたり曲げたり
を想像しがちだけど、実際は「瞑想」がメインになる。
私のクラスも肉体鍛錬に時間を使っているけれど、
それは道具を手入れして、心と体を鋭敏にするため手段で、
それも心身への<気づき>を開発する手段となる。
本当はいきなりヨーガスートラで言われているような
瞑想に入りたい。
しかし、現代人の私達のめまぐるしい心と弱った体は、
心身の調整なしに瞑想に入ることがすごく難しくなっている。

瞑想が目的ならクラスの目的は<解脱>?
と思われるかたもいるかと思うが、
私のクラスの目的は<解脱>ではない。
私自身まったく理解できていないことがクラスで出来るはずも
ない。

<ヨガの実践で生き方をシンプルにする>
こんなところだ。
これなら、私は実践できている。



 
 
シンプルなヨガと瞑想で
体と心を元気にする

 

場所:石川県金沢市泉ヶ丘2丁目3−14
たろう接骨院2階スタジオtarou
 
私の奥さんが妊婦さん向けの
ヨガクラスを開催しています。
お産にむけてぜひいらしてください

マタニティヨガ ティユール


 
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