歪曲された古典
2014.11.10 Monday 11:16
肉体鍛錬が重要視されるヨガをささえる言葉に、
ウパニシャッドの

「真の自己は、肉体が弱いものには見つけることが
できない」

という言葉がある。
無意識にこういう言葉を受ければ、
「肉体を鍛えることが重要だ」ということで、
肉体を鍛える体操を一生懸命することになる。

しかし、この言葉は曲解された言葉だと
「ヨガボディ」を読んで知った。

この言葉の元になったのは、
肉体鍛錬の必要性を発言していたスワミヴェヴェカナンダで、
録音テープが残されているという。


ヴェヴェカナンダ
「真の自己は、肉体が弱いものには見つけることが
できない」

弟子
「しかし、先生、注釈者(シャンカラ)は「弱い」という
言葉をブラマチャルヤ、つまり自制心がないこと、と解釈して
いますが?」

ヴェヴェカナンダ
「そういう解釈もある。しかし、私は「身体的に弱いものには、
真の自己に目覚めることができない」と解釈するのだ」

というやりとりがあったそうだ。
肉体鍛錬の必要性の裏付けに、曲解された古典。
原点のウパニシャッドを読みこんで確認する
人はほんの少数だから、間違いは訂正されることも
ない。


この言葉は私に影響していた。
精神的に優れた人をみても、
「ああ、この人も身体を鍛えればいいのに」
と無意識に思い浮かんでいた。
ヨガには肉体鍛錬が必要だ、というのは
あたりまえの前提だった。

たしかに肉体は無視できない要素だ。
しかし、一日1時間以上かけて体操して、
アスリートのように引き締まった
パッキパキの筋肉の身体になる必要はない。
それはやりすぎ、執着のものだ。

今、私は、自分の再構築という心躍る仕事の
最中だ。
夢中になっている。楽しい。


アシュタンガビンヤサヨガの縛りは完全に壊れて、
何が必要なのか、チョイスしている最中だ。

瞑想を上位にすえる八支則のヨガに必要とされる肉体は
どういう肉体だろうか?

何か新しい流派を作る、とかではない。
根本的なテクニックは存在していて、
もはや新しい行法などない。
何と何を組み合わせるのか?
という化学実験だけがある。

 
 
シンプルなヨガと瞑想で
体と心を元気にする

 

場所:石川県金沢市泉ヶ丘2丁目3−14
たろう接骨院2階スタジオtarou
 
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